Love シリーズ 場所:喫茶店・登場人物:多くて3人・時間:3分
LOVE Lighthouse

暗転。真っ青な照明にゆっくりと変わっていく。15秒後、店内を舐めるように外からの灯りが刺し、一つの椅子に座る男女を映し出す。背中から男に抱きしめられる女。店内を移動した灯りが消えた辺りを振り返る。以降15秒に一度店内を舐めるよう一筋の灯りが移動する。
女 ねぇ、あなた、なぜ?なぜなの?
男 何?
女 あの岬の灯台。灯台の灯りがなぜ、私達を照らすの?
男 ・・・・・
女 灯台の灯りは、海を行く旅人の道標。それなのに陸の私達までなぜ照らすのかしら?
男 灯台なんて、ただライトがガラガラと廻ってるだけの大きなおもちゃだよ。
女 ねぇ・・・して・・・
男 また、かい?
女 あなたといることが、とても幸せで、そして、とても虚しいの。あなたに抱かれるのが、とても幸せで、とても悲しいの。
男 何故?
女 あなたに抱かれて・・・見失って・・・目覚めて・・・取り戻して・・・そして、その繰り返し・・・その繰り返しが・・・悲しいの。ただ、ここだとあの灯台に見られてる。あの灯台の強い灯りに名指しされてるよう。あなたと私の肌を真っ白く炙り出して、そう、肌の筋まではっきり見えて、確かにあなたがいることがわかるの。・・・暗闇はいや。暗闇が続くのはもっといや。
男、女を抱きしめる。
女 あの灯台がこちらも照らすのは愛の暗闇で群れ惑う恋人達の道標なんだわ。
男 君は、霧の海に浮かぶ小舟なのかい?
女 あなたへの愛を載せて、どちらにも行けなくなった小舟。
男、女をさらに抱きしめる。女、恍惚の表情で
女 でも、その愛が大きくなりすぎて、もう沈みそうなの。
男 ああ・・・
女の胸に廻していた男の腕がずり上がり、首に掛かり始める。
女 灯台の灯りも、霧笛も、なんの役にも立たないわ。だって、私は、沈んでいくんだから。
男 ああ・・・君は、沈んでいくんだね。
女 ええ・・・あなたへの愛の重さに耐えられずに・・・
男、腕を女の首に廻し、絞める。
女 ああ、幸せ。あなたが見えるわ。あなたの肌の筋までも見える。あなたは、いるのね、ここに、いるのね。素敵なあなた。いる、事だけが確かなことだわ。上も下も、右も左も、前も後ろもわからない暗闇で、ここなら一瞬でもあなたがいることがわかるわ。
男 僕は、いる、かい?
女 いる、わ。だから、して・・・
男 してるよ・・・
女 素敵・・・
女、男の腕から抜け落ち、床にどさっと転げ落ちる。女を見下ろす男。ゆっくりと顔を上げる。その顔を灯台の灯りが照らす。
男 だから、言ったじゃないか。あれはガラガラと廻ってるだけのただのおもちゃなんだって。
男、灯台の明かりが差し込む窓を見る。もう一度男の顔を灯台の灯りが照らす。
暗転
15秒後、灯台の灯りは刺さない。暗闇が続いていく。
LOVE Silence

暗転。BGM、Moonlight Serenade IN
明転。一人の男(年老いた老人)が中央のテーブルに座っている。テーブルの上には小さなボストンバッグが置いてある。それ以外は何も置いていない。男、手に写真立てを持っている。柔和な眼差しを写真に向けている。すっと、片手を顔にやり、ほんの軽く、目頭を押さえる。そこに録音された老女の声が聞こえる。
女 あなた?
男、手を目頭から外し、辺りを見渡す。ふと柱にかかっている日めくりカレンダーに目を留める。何かに気付きゆっくりと立ち上がる。手にしていた写真立てをテーブルに置く。それはデジタルフォトフレームでこの老夫婦の思い出の写真が次々に表示されている。
男、柱に近づき日めくりカレンダーが示す日を撫でる。(ここから次の女の台詞IN)台詞を聞きながらカレンダーを一枚一枚破っていく。20枚ほど破くと上演日の日付となる。
女 あなた、やっと、気付きましたね。そう、その日は私が倒れた日。ここで、このお店で、あなたとやってきたこの小さなお店で、私が倒れた日。そのまま、目を開けることが結局出来なかったわ。あなた、ごめんなさいね。せめてもう一度だけでも、あなたの顔をしっかり見つめてから逝きたかったわ。突然で、さぞかしびっくりしたでしょ?悲しかったでしょ?どうしようもなかったでしょ?あなた・・・ごめんなさいね。
女 結局最後になってしまったわね、清里。
男、下手壁に貼ってあるポスターを見る。高原の美しい写真。薄くもやがかかる朝日が当たるコテージ。ポスターの端に清里と書かれている。そのポスターの前まで歩き、深い吐息と共にコテージを見つめる。
女 本当に久しぶりの旅行だったわね。綺麗なところだった。私は気に入りました。あの高原も、あの森も、あの空気も。そしてあのコテージも。素敵なコテージ。あんな所に住みたいって、私、あなたに言ってしまったわ。だから行くのね。お店を閉めて、ここを売って、行ってしまうのね。
男、ポスターの前を離れ、奥のカウンターに行く。そこには二つのティーカップが置いてある。男、ティーカップを手に取る。
女 いえ、いいの。行って欲しいわ。だけど、少しだけ、なんて言うのかしら。少しだけ、さみしいの。だって、この小さな喫茶店で色々なことがあったから。子供がいない私達にはこのお店が子供みたいなもので、たくさん愛してきたの。ここに来るお客さんも年を取っていって、お店の至る所が古くなって、そうやって子供が育っていって・・・だから、子供が結婚してしまうみたいで・・・なんだかさみしいの。
男、ティーカップをテーブルのボストンバッグに詰める。続けてフォトフレームを詰める。うまく入らないようで一度中身を出し、入れ替えようとする。中から遺骨箱が一度出て、そして順番を入れ替えられバッグに詰められる。チャックを閉めバッグを持ち、舞台奥のドアに向かって歩く。あと数歩の所で、男、止まる。BGM、フェードアウトスタート。
女 あなた、さよならしません?私達の子供に。この子と何十年も過ごしてきた我が家に。
男、少しだけ項垂れる。
女 あなた、さよならしません?私達の時間に。あなたと何十年も過ごしてきた幸せな年月に。そして、日々の泡に。
BGM、フェードアウト完了。
男、動かない。
男、手に持っていたバッグを羽交い締めするが如く抱きしめる。
背中が一度だけ震える。
渾身の力で震えを抑える。
天を見上げる。
男、ドアを見つめる。
ポケットから鍵を出す。
ドアを開け、外に出る。
ドアノブにスポットが集光。
しばし、無音。
鍵がかかる音。
BGM、Moonlight Serenade IN。
暗転
LOVE SPY

暗転
女 あっ!
明転。テーブルに座っている女。両肘をテーブルについて双眼鏡で真っ直ぐにこちらを見ている。終演まで双眼鏡を目から離さない。
女 しゃべった!
女の後ろには手持ちぶさたなボーイが微妙な興味を持って女の覗く先を注視している。
女 あっ!
ボーイ えっ?
女 また、
ボーイ ・・・・・
女 しゃべった。
ボーイ 何を、
女 しーっ!
ボーイ(小声で)しゃべったんです?
女、食い入るように双眼鏡を持ち直す。
女(一語、一語、確かめるように)一枚の、白紙に、時刻表を、書いた。その、裏白は、雪原の、地図だ。
ボーイ(一語、一語、確かめるように)なん、です、それ?
女(うっとりと)ばかねぇ、詩よ、詩。詩。ポエム。きっとあの人は詩人なんだわ。・・・・・素敵・・・・・。詩人。詩の人。言葉を貪る狩人だわ。
ボーイ はぁ。
女 素敵ねぇ。この殺伐とした現代に詩人がいるなんて奇跡だわ。あっ、またしゃべったわ。
ボーイ、半ばあきれて女を見つめる。
女 ・・・ううん、感じるわ・・・まるで言葉の愛撫ね・・・とろけちゃう。
ボーイ いつか向こうのマンションの人に見つかりますよ。これじゃどう見ても覗きですよ。
女 何言ってるのよ。どっからどう見ても覗きよ。まごうこともなくこれは覗きなのよ。ええ、私は覗くわ。人は、例えば部屋の中、壁に囲まれたった一人を保証された時、誰からも見られてないとベランダで一息ついた瞬間、真の自由を得るんだわ。「コリンズの孤独」よ。その時の言葉は大空に舞う鳥の歌よ。大自然の孤独と共鳴する軋み続ける叫びなの。
ボーイ なんだか大げさだなぁ!
女 大げさであるもんですか!あなた!孤独って知ってる?
ボーイ 孤独ねぇ〜
女 孤独はねぇ、引き合う引力なの。愛を求め合うエネルギー、マグマなのよ。
ボーイ やっぱり大げさだなぁ〜
女 あのマンションに限らないわ。皆、寂しい詩人なんだわ。言葉は海から出てしまった氷山の一角。見えない巨大な氷山が言葉を美しくさせるの。
ボーイ あの人達が詩人なんですか?
女 そうよ、清貧な詩人だわ。だって、さっき聞いたでしょ?あの、冴えない、禿頭で、小太りの男から、あんな美しい言葉が出てくるなんて。
ボーイ まぁ清貧は合ってるかも。
女 あなたにはもっと「覗き」が必要よ。覗いて、覗いて、覗いて、その目で、胸を突き破って、60億の大宇宙に船出なさいよ。
ボーイ はらほれひれはら、です。
「この素晴らしき世界」IN。かそけき音から徐々に徐々に上がってくる。
女 んん、じれったいわねぇ。じゃあ、その男の隣の部屋。20年は派遣で仕事してそうな独り身の女。彼女はこないだなんて言ったの?
ボーイ ええと、確か〜〜
女 確か?
ボーイ 地球を、しばらく、止めといて、あたしは、ゆっくり、映画が、見たい。
女 そうよ。じゃあ、304号の、毎日毎日違う靴下を干している、神経質そうで、少なくとも三年は引きこもってそうな青年は?
ボーイ 納屋の麦わら逃亡千里、俺は自分の馬になる。
女 その隣、旦那には手も触れられず、息子にも相手にされない、キッチンドランカーの母親は?
ボーイ 五月、五月、五月の鷹よ。大鷲の来る日を教えておくれ。
女 その真上、10年は同じゴルフクラブを、同じベランダで、同じ回数だけ、来る日も来る日も振り続けている、同窓会好きの白髪爺は?
ボーイ 毛臑の窪みに群れ惑う紋白よ。鏡を解き放っておくれ。時はあまりにも厳かだ。
女 その左の部屋、毎日手紙を書いては消しゴムで消し、よれよれになった便箋で紙飛行機を作って、密かに海まで飛ばそうとしている人力飛行機好きなサラリーマンは?
ボーイ 天動説に眼を射られ、地動説には釘を打ち、身を囚われて船底に、人動説の時を待つ。
店内の固定電話が鳴る。ボーイ、下手袖まで行き、袖に手を入れ受話器だけを取る。
ボーイ はい・・・はぁ・・・(女を見る)
女 素晴らしいわ、素晴らしいわ。まるであのマンションは美の巣窟だわ。エクセレントよ、エレガンスよ、フラジャイルでマーベラスだわ。あんな元常磐荘みたいなこじんまりとしたマンションでさえ覗きに覗けばカーニバルなのよ。もう世界に壁なんてないんだわ。コズミックでファーラウェイでリリカルな世界なんだわ。私はもっと覗きたい。穴が空くほど、溶けてなくなるほど覗いてみたいわ。ドロドロになるまで覗いてみたいわ。
ボーイ(受話器に向かって)はい、今日は結構調子良いみたいですよ。・・・・ええ、そろそろ終わりにして寝てもらいます。処方箋はいつもので良いんですよね。箱庭治療の一種だとはわかってるんですが、お付き合いするのも大変ですよ。この患者さん、(溶暗)一回も自分の目で見ないんですよね。双眼鏡の中で違う映像が流れてるような、自分の前にあるものが、全く違うものに見えてるような・・・
ボーイ、台詞を言いながらテーブルに寄ってくる。手にした受話器から伸びる電話線は途中で切れている。ぶらぶらと宙を舞うケーブル。暗転。検査終了を告げるようなブザーが鳴る。そのブザーがゆっくり変化していき、街の音、駅の雑踏などに変わっていく。
"What a wonderful world !"
I see trees of green red roses, too
I see them bloom for me and you
And I think to myself "What a wonderful world !"
I see skies of blue and clouds of white
On the bright sunny day, or in the dark sacred night
And I think to myself "What a wonderful world !"
I see the colors of the rainbow so pretty in the sky
And also on the faces of people going by
I see friends shakin' hands sayin' "How do you do?"
I know they're really saying "I love you"
I hear babies cry I watch them grow
I know they'll learn much more than I'll ever know
And I think to myself "What a wonderful world !"
木々は緑に輝き赤いバラは美しく どれも私たちの為に 咲いている
そしてふと思う なんて世界は素晴らしいんだ
どこまでも青い空と真っ白な雲 光りあふれる日と聖なる夜
そしてふと思う なんて世界は素晴らしいんだ
七色の虹は美しく輝き 行きかう人々の顔も輝いている
友だちが手を取り合い 挨拶をかわし 「愛してる」と言っている
赤ん坊は泣き やがて育っていく きっとたくさんの事を学びながら
そしてふと思う なんて世界は素晴らしいんだ
LOVE Sympathy

ボーイが二人、テーブルを片付けている。一人のボーイが顔を上げ壁の時計を見やる。一度ドアを振り返り、
ボーイ1 6時かぁ、そろそろだな。
ボーイ2 もうそんな時間かぁ。
ボーイ1 今日も来るかなぁ
ボーイ2 来るんじゃないの?
ボーイ1 でも、何でかなぁ。親が迎えに来るわけでもないし、普通今から閉店までの3時間って、子供が外にいるなんて、塾でしょ、普通。
ボーイ2 ってわけでもないしな。
ボーイ1 そうですよね。塾ならここに来ないですよね、普通。
ボーイ2 まぁ普通はな。
ボーイ1 何歳くらいに見えます?
ボーイ2 5歳位じゃねぇの?
ボーイ1 そう見えますよね?
ボーイ2 そう見えるね。三日前に店長が聞いたらしいよ。お父さんかお母さんは一緒じゃないのかって。
ボーイ1 ・・・・
ボーイ2 父親はいねぇみたいよ。で、いわゆるシングルね。まぁ聞けたのはそれだけ。お金払ってるわけだし、3時間粘る大人なんてざらだし、それ以上聞かなかったらしいよ。
ボーイ1 はぁ。・・・・でも、なんか気になりますよね。男の子が一人で毎日3時間も喫茶店に来てジュース飲んでるなんて。
ボーイ2 気になるねぇ、実際。
ボーイ1 昨日、俺、レジだったんですけど、一万円だったんですよ。小学生が。
ボーイ2 自分で稼いでるわけじゃあるめ?親だよ親。
ボーイ1 勿論、そうなんすけど、母親が万札渡して子供を一人で外に出します?
ボーイ2 出すんじゃねぇの、今の親は!
ボーイ1 丁度3時間、母親が子供をほったらかすって、なんだか不思議ですよね。
ボーイ2 夜勤とか、水商売とかやってんじゃないの、母親が。
ボーイ1 9時で終わる夜勤ですか?水商売でも早すぎでしょ!
ボーイ2 やけにひっかかってんね。
ボーイ1 俺、その、店長がその子に聞いた日、3日前ですか?丁度休みだったんです。パチンコ行ってたんすけど全然だめで、早々切り上げて帰る途中であの子と、一緒にいる母親、見ちゃったんですよ。
ボーイ2 なんだ、踏み込んでるじゃん。
ボーイ1 いえ、ただ、見ただけなんです。その時はこの店で時間潰している子だなんてわかってなかったし、その、目にとまっただけなんです。
ボーイ2 なんで?
ボーイ1 その母親が、その子に、お金渡してたんです。むきだしで、万札。ちっちゃい子に万札渡してるなんて、初めて見たもんだから妙に残っちゃって。
ボーイ2 ふう〜ん
ボーイ1 その母親、派手じゃなかったんですよ。だから水商売は違うかなと。
ボーイ2 じゃぁ夜勤じゃねぇの?
ボーイ1 でも、そうだとしたら3時間だけでしょ、多分、掃除かなぁ、家政婦とか?どっちみち子供に万札渡してるのと会わないというか、しっくり来ないというか・・・・
ボーイ2 金持ちなんじゃね?
ボーイ1 じゃぁ、夜勤してまで働かないでしょ〜
ボーイ2 そりゃそうだ。
ボーイ1 なんですかね、3時間って?こないだからかなり気になっちゃって。
ボーイ2 3時間、3時間〜3時間、3時間〜パチンコかなぁ
ボーイ1 この辺は全部10時までですよ。
ボーイ2 3時間、3時間〜習い事か?
ボーイ1 そうまでしてやりますかね?
ボーイ2 3時間、3時間〜ボランティアとか?
ボーイ1 子供も一緒にやりますって。
ボーイ2 3時間、3時間〜あはは、ラブホだったりして、ほら、休憩3時間ってやつ。あははは、それはないか。
ボーイ1 ・・・・・・・・・・・・・・
ボーイ2 あはははは、いくら何でもねぇ。あはははは
ボーイ1 ・・・・・・・・・・・・・
ボーイ2 あはははは・・・・・・・・・・笑えよ・・・
ボーイ1,思い当たるのか微動だにしない。ボーイ2,激しく
ボーイ2 おいおい、じゃぁなにか?あの子の母親はそれで稼いでるとでも思ってるのか?いや、あの子が来始めたのはこの3日だ。正確にいやぁ、稼ぎ始めたとでも思ってるのか?
ボーイ1 あの子の悲しそうな目を見てると、何となくビンゴかと。
ボーイ2 じゃぁ、あの子は知ってて、待ってるってのか?
ボーイ1 そうじゃ、ないかな、と・・・
ボーイ2 何を待ってるんだ?
ボーイ1(激しく)母親ですよ!母親を待ってるんですよ。自分の所に母親が戻ってくるのを待ってるんですよ。オレンジジュースを飲みながらじっと待ってるんですよ。3時間も、背筋を伸ばして待ってるんです。
ボーイ2、言い返そうとした時に、ドアベルが鳴る。ボーイ1,ボーイ2,一瞬見つめ合い、お互いの仕事に戻りながら、背中越しに優しい想いを存分に込めて。
ボーイ1 いらっしゃいませ。
ボーイ2 いらっしゃいませ。
暗転
LOVE LOST
明転。ボーイがテーブルのカップを下げようとしている。ドアベルが鳴り、女が一人入ってくる。慌てた表情で店内を見渡し、ボーイを見つけ話しかける。
女 すみません。あの・・・
ボーイ 何か?
女 私、さっきまで、そのテーブルにいて
ボーイ はい。
女 その・・・・・忘れ物をしたんです。
ボーイ 忘れ物・・ですか。
女 そうです。
ボーイ 何をお忘れになったんですか?
女 「愛」です。
ボーイ 「愛」?
女 「愛」なんです。ありませんか?
ボーイ、テーブルの周辺を探す。
ボーイ 「愛」ねぇ、「愛」「愛」「愛」
女 「愛」なんです。「愛」。
ボーイ ちょっと見あたりませんねぇ〜
女 ええ?
ボーイ テーブルの上にはないし、下もないですねぇ。
女 困ります。大切なものなんです。
ボーイ その、本当にここに忘れたんですか?
女 ここしかありません。
ボーイ ご自宅とか、電車とか他の店とか?
女 いえ、私、近くに住んでるんです。今日は家から真っ直ぐここに来ましたし、ここを出てからも駅に着くまでに気付いて急いで戻ってきたんですから。
ボーイ そうですか。でも、実際ないですねぇ?
女 他のお客さんが間違えて持っていったとか?
ボーイ いえ、今日はまだ店を開けたばかりで、お客様しかお見えになっていないんです。
女 そんなぁ、じゃあ、私の「愛」はどこにいったの?
ボーイ 道に落としたとか?
女 なくしたのに気付いてからここまで、隅々探しながら来ましたから。
ボーイ 家にあるとか?
女 確かに持って出ました。それにここで一度確かめましたから。
ボーイ 「愛」を、ですか?
女 はい。「愛」を、です。・・・・どこいっちゃったの?
ボーイ はぁ・・・・
暗転。BGM「Unforgettable」IN。ゆっくり明転。テーブルには一杯の紅茶。上手側の椅子にうたた寝をしている老女。こくりとした刹那、うつろに目を覚ます。手を伸ばしカップを取り一口飲む。
老女 愛は、ある、のかしら。いる、のかしら。なる、のかしら・・・・・いえ、失うのね。
溶暗。
Unforgettable, that's what you are
Unforgettable, thought near or far
Like a song of love that climbs to me
is the thought of you that stings to me
Never before
has someone been more
Unforgettable, in every way
And forever more, that's how you stay
That's why, darling, it's incredible
that someone so unforgettable
thinks that I am
unforgettable too
No, never before
has someone been more
Unforgettable, in every way
And forever more, that's how you stay
That's why, darling, it's incredible
that someone so unforgettable
thinks that I am
unforgettable too
忘れられない、あなたのことが
忘れられない、近くにいても 離れていても
まるで 心の中で奏で続く 愛の歌のよう
あなたへの思いが どれほど私に影響しているか
今まで 誰にもこんな思いは抱かなかったわ
忘れられない、どんなときも
そして永遠に あなたは私の中で生き続ける
愛しき人よ、忘れることなどできない人がいることが
こんなにも素晴らしいことならば
私もあなたの忘れられぬ人になりたい..
LOVE Globe

テーブルに天球儀を模した星占いの機械がある。しかしそれは天球儀ではなく地球である。出来る限り実物に近くNASAの写真のようなリアリティがなくてはならない。もし天球儀型の機械が製作出来なければ、大きな額縁に地球の写真をはめ込んで、舞台中央奥の壁に留めておく。登場人物の女二人越しにどの観客からもその額縁が見えなくてはならない。
明転。真ん中にテーブル、上手側に女1が座っている。下手は空いている。女1,少しいらつきながらも極力平静を装い、手元にある紅茶を一口飲もうとした時にドアベルが鳴る。途端緊張の糸が張る。ドアベルの残音が消えた辺り、一人の女、女2が下手より登場。上手の女は寒色系、下手の女は暖色系の服、どちらも上品さを装うが派手さは消せない。女2,辺りを見渡すこともなくまっすぐ真ん中のテーブルに進む。女1,女2,しばし見つめ合う。女1,視線を外し片頬で微妙に微笑む。女2,先を越されたかのように微妙に苛立つ。女2,その感情を振り切るように下手側の椅子にぞんざいに座る。
女1 あら、粗いのね。
女2,その言葉に一度止まるが、敢えて無視するかのように
女2 (下手奥に向かって)すみません!
ボーイを呼ぶがすぐに来ない。
女2 すみません!!
下手からボーイ登場。
ボーイ はい
女2 コーヒーちょうだい!
ボーイ はい、アイスですか?ホットですか?
女2 ホットよ!!!
ボーイ、気圧されたまま退場。
女1 相変わらず、粗いわね。
女2 余計なお世話よ。
女1 はいはい、お世話様。
女1,紅茶をすする。
女1で何?・・・人を呼びつけて、しかも遅れておいて、なんの用なの?
女2 ・・・・・・もうそろそろはっきりさせないかしら。もうこういう状態になって
女1 こういう状態って?
女2 こういう状態よ。あなたが私を知って、私があなたと会って、あの人に抱かれてる女があの人抜きでこうやって会ってしまっている状態よ。
女1 ああ、そういうこと。
女2 そういうことよ。
ここから台詞のスピードが徐々に速くなっていく。
女1 それをどうしろって言うのよ。どうしたいのよ。どうせいつものあれでしょ。この3年ずっとそう。よくも私も続けてきたわよ。(自分の胸に手を置き)普通本妻は会わないものよ。それなのにこの3年いつもそう、別れてちょうだい、別れてちょうだい。あの人が愛しているのは私、あの人を愛しているのも私。だから別れてちょうだい。一体いつまで続くのかしら。一生続くの?永遠に続くのかしら?あなたにお渡しする答えはいつも同じだわ。一生同じ、ええ、永遠に同じなんだわ。私は別れる理由もないのに別れてあげるほどお人好しじゃないの。
女2 お人好しじゃないのはこの3年十分、いいえ十二分に味わってるわよ。百回も二百回もチュンチュンさえずらないで欲しいわ。あの人の心はずっと私のものなの、あなたへの思いなんて微塵も残ってないの。あなたとの家にあの人が帰るのは、そうねぇ、私よりも先にあなたと会ってしまった後悔からなのよ。なんて責任感のある人なんでしょ。そういうところがまた素敵なのよね。
女1 あなた、3年前よりさらに頭がおかしくなってるわね。
女2 あなたに言われる筋合いはないわ。
さらに台詞のスピードが速くなっていく。
女1 おかしいものはおかしいわよ。何をどんな風にこねくり回して言ってみようが所詮愛人の戯言よ。日陰の女の戯れ言ね。後悔も責任もあったもんじゃないわ。夫が妻の元に帰ってくるのは至って普通の事よ。おかしな人、あたしの元に帰ってくることであの人に惚れ直すなんて。そうよ、あの人は毎日私の元に帰ってくるわ、それを素敵に思ってなさいよ。
女2これだから主婦はいやなんだわ。明日がまた続いていく、今日と同じ明日がまた来ると信じて疑わないんだから。偽りの今日、偽りの明日が来ていることをちっとも気づきはしない。鈍感で、脳天気で、どこのお登りさんなんでしょう!
女1ほんと、いやな人。お登りさんはあんたでしょ?どちらでしたっけ?
女2秋田よ!
女1 秋田美人も地に落ちたわね。いえ、それともただの田舎もんだからそんなにネチネチしてるのかしら?
女2 なんですって!
女1あら、ごめんなさい、差別用語だったかしら?それともただの地方出身者だからそんなにネチネチしてるのかしら?
女2 あらあら、世田谷出身の女狐がそんな汚い言葉を使ってはいけませんわ?間違えたわ、狐じゃなくて狸でしたわね。あなたと比べたら狐がかわいそうだわ。でも狸もかわいそうですけど。
女1へぇーなまはげもしゃべれるのねぇ。
女2あら皆さん、狸がのうのうとしゃべってますわよ。
女1前にテレビで見たわ。なまはげって「悪い子はいないか?」って言うんでしょ?一度やって下さらない。私、前から聞きたくって。なんて言うんですか、方言丸出し、ズーズーズーズー言うんでしょ?ほら、あなたすごくお似合いじゃない、そういうの。
女2,女1の首を絞めながら
女2わりぃ〜〜こぉうわぁ、いねがぁ〜〜わりぃ〜〜こぉうわぁ、いねがぁ〜〜(おまえだ、このやろ)わりぃ〜〜こぉうわぁ、いねがぁ〜〜わりぃ〜〜こぉうわぁ、いねがぁ〜〜(おまえだ、このやろ)
女1くるじぃ〜〜
女2わりぃ〜〜こぉうわぁ、いねがぁ〜〜わりぃ〜〜こぉうわぁ、いねがぁ〜〜(おまえだ、このやろ)わりぃ〜〜こぉうわぁ、いねがぁ〜〜わりぃ〜〜こぉうわぁ、いねがぁ〜〜(おまえだ、このやろ)
女1くるじぃ〜〜
ボーイ、下手から登場。トレイにコーヒーを乗せている。女1,女2、動きをピタッと止める。BGM「Tea For Two」IN。女1,女2、ゆっくりとボーイを見る。トレイに乗せているコーヒーからはもうもうと湯気が出ている。それは普通の量ではない。もうもうと出ている。さらに台詞のスピードを上げて。ゆっくり溶暗していく。ゆっくりと暗くなっていく。テーブルの上の地球儀、または舞台奥の額縁にのみスポットが当たる。じっくりと地球を見せた後、そのスポットも溶暗。
女1あなた、コーヒーが火事よ。
ボーイえ?
女2 あらやだ、ほんと、燃え広がってるわ!
ボーイ えええ?
女1 大変、防災頭巾はどこよ?
女2何ょそれ?
ボーイ 椅子の所です。
女1 あるのね。どこ?
ボーイですから、椅子の・・・
女2きゃぁ、火事が近づいてきたわ。こっちにこないで!
女1だから防災頭巾はどこ!
ボーイですから
女2火が燃え移ったわ。私が火事よ!
ボーイ今、消します。
女1そんなのほっとけばいいんだわ。いい気味よ
女2 あなた、今何か言った?
女1 いいえ、私は何も!
ボーイ水、水、水!
女2 あなた、今コーヒーで消そうとしてるわね。
ボーイいえ、そんなことわ・・・
女1 もう、いいからそのコーヒーで消しちゃいなさいよ。
女2あなた、無責任に言わないでしょ。
ボーイ コーヒーかけます!それっ!
女1きゃぁ、こっちにかかったわ。うそ、燃えてるわよ、私、燃えてるわ!
ボーイそんなぁ
女2いい気味ね〜
女1助けて〜
女2 あなただけ助かるのは御免だわ。助けて〜
ボーイ ああ、店も燃えていく〜
3人助けて〜〜
Tea for Two
Picture you upon my knee
Just tea for two and two for tea
Just me for you and you for me alone
Nobody near us to see us or hear us
No friends or relations on weekend vacations
We won't have it known, dear, that we own a telephpne, dear
Day will break and you'll awake
And start to brake a sugar cake
For me to take for all the boys to see
We will raise a family
A boy for you, a girl for me
Oh can't you see how happy we would be?
僕の膝に乗った君を想像してみて
そして二人でお茶を飲むんだよ
僕と君だけ、他には誰もいない
誰もそばにいないし誰も見ていないんだ
週末休みの友達も、親戚もね
電話があることだって知らせない
夜が明けて君は目を覚ます
そしてシュガー・ケーキを焼き始めるんだ
僕はそれを持っていってみんなに自慢するよ
一緒に家庭を作ろう
君には男の子、僕には女の子
どんなに幸せか分かるよ
LOVE Lesca

演技指定:とてもゆっくりと、・・・の意味を咀嚼した間をあけること。
明転。女子高生とおぼしき女が席に座っている。誰かを待っているらしく入り口付近をちらちらと見ている。ドアベルが鳴り老人の男性が入ってくる。辺りを見渡し女に目をとめる。女、立ち上がり深々と一礼をする。男、女をまじまじと見つめ同じく一礼をする。
女 あの・・・・どうぞ
女、自分のテーブルに誘う。男、もう一度礼をしてからゆっくりとテーブルに近づき、手前の椅子に片手をつく。
男 似てますね。
女 ・・・・・
男 面影が・・ありますね。雪枝さんと。
女 似てますか?おばあちゃんと。
男 おばあさんか・・・亡くなったそうで。
女 はい。先月の20日に・・
男 そうですか・・・・で、私に何を・・・
女 あの、実は・・
突然、ボーイが入ってくる。
ボーイ いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?
女はすでにサイダーを飲んでいる。ボーイは男に向き直り
ボーイ お決まりですか?
男 それじゃぁレスカを下さい。
ボーイ レスカ?・・・あぁ、わかりました。少々お待ち下さい。
ボーイ、退場。男、それを首で追っていたが女に振り向き
男 今時は・・言わないのかな?レスカなんて・・・
女、突然、笑い出す。
男 どうしたんだね?
女 いえ、・・・・本当におばあちゃんに聞いてた通りの方だったので。
男 雪枝さんに何を聞いてたことやら・・・
男、照れたような笑みを浮かべる。
女 私、母親が早くに亡くなって、小さい時からおばあちゃんに育ててもらったようなものなんです。優しいおばあちゃんで、何でも話せて、だから大好きで、大好きで・・・・・だからおばあちゃんのことも一杯知りたくってたくさん聞いてきたんです。おじいちゃんと出会った頃のことや、お母さんを生んだ時のこと、お母さんを育てたこと、お母さんが結婚して、私が生まれて、でも事故で死んでしまって、苦労もたくさんあったけど、それでも楽しいことの方が多かったって言ってました。
男 その・・・・ご主人は?あ、雪枝さんのご主人は?
女 10年前に亡くなりました。
男 そう、10年前に・・・・・
女 私、子供の頃からずっとおばあちゃんの話を聞いてたから、おばあちゃんがどうやって生きてきたかわかってたつもりでした。でも、半年前におばあちゃんに病気が見つかって、どんどん様態が悪くなっていって、あっという間にあと少ししか生きられないようになってしまってから、今まで私が聞いたことがない話をし始めたんです。
男 ・・・・・・・
女 ええ、あなたのことです。初めて二人きりで会った時、あなたはその当時はやっていたレモンスカッシュを頼んだ。「レスカ、二つ!」って。おばあちゃん、飲みたかったんですって。でもそんなハイカラなもの頼めなくって、それを見透かしたのか、あなたが頼んでくれたんですって。初めて飲むレスカはそれはもう酸っぱくって酸っぱくって、顔中酸っぱい顔になってしまって、それをあなたはからからと笑って、そんなあなたにつられておばあちゃんもからから笑って、そしておばあちゃんは、あなたに恋してしまったんだそうです。
男 ・・・・・・
女 あなたのことは、おじいちゃんにも、お母さんにも話したことはないそうです。それなのに何で私なんかに話してくれたのか。もう自分の命が長くないから何十年も誰にも言わなかった想いを話してくれたんだと思います。病院のベッドの上で、おばあちゃんとあなたとの、誰にも聞かれなかった、真っ白くって、あたたかで、大切な話を聞きました。
男 そうですか・・・・雪枝さんが亡くなりましたか・・・・・
女、バックから古い封筒をテーブルに出す。
女 これ、あなたがおばあちゃんに出した最後の手紙です。
男、おもむろにその手紙を引き寄せ手に取る。
女 その住所、変わっていないんですね。
男、封筒の裏を見る。自嘲気味に
男 何十年も住所を変えられない男なんですよ。
女 変わってなくて良かったです。あなたを探せたんですもの。これ。
女、もう一通の封筒をテーブルに出す。
女 あなたからの最後の手紙をもらって、おばあちゃんがあなたに書いた手紙です。何度も何度も出そうとしたけど、どうしても出せなかったおばあちゃんの最後の手紙です。これをあなたに渡すのが、私とおばあちゃんの最後の約束。どうか受け取って下さい。
男、ゆっくりと封筒を手にし、中から白い便せんを出す。丁寧に広げ、懐かしむ目で文字を追う。
ボーイ、トレイにレモンスカッシュを乗せ登場。
ボーイ お待たせしました。レスカで御座います。
ボーイ、男の前にレモンスカッシュを置く。よく見ると先に頼んで女が飲んでいた飲み物と同じである。男、置かれた飲み物に刺されているストローにむさぼりつき、ぐいぐい飲む。
男 ああ、酸っぱい、ああ、酸っぱい
男、同じ言葉を繰り返し飲み続ける。女、その姿を見、涙を流す。
暗転
LOVE Step

明転。端の席に新聞を見ている作業員風の男がコーヒーを飲んいる。程なく怯えた女がやや大きめの鞄を抱きしめ入ってくる。しばらく辺りを見渡すが男には気付かない。男とは反対側のテーブルに恐る恐る近づき、また辺りを見渡しながらテーブルに座る。女が出てきた袖からボーイが急に入ってくる。女、びくっとして立ち上がる。ボーイ、気圧されるように立ち止まる。女、唇をふるわせ、周りを見渡しながら
女 あの・・
ボーイ は、はい。
女 紅茶を・・・
ボーイ はい。
女 レモンで・・・
ボーイ レモン、ティで・・御座いますね。
女 (うなずく、もう二度うなずく)
ボーイ、訝る素振りを隠しながら袖に退場。女、ボーイがいなくなると緊張の糸が切れたようにため息をつき、椅子に座る。と、携帯電話が鳴る。どこから鳴っているのか最初見当が付かずあちこちを見回し、とっさに抱きかかえてきた鞄の口を狭く開け、ボーチを取り出しその中の携帯電話を握りしめる。携帯電話をしばし凝視後、かすかに震える手で通話ボタンを押下する。
女 はい、木下です。・・・・・はい、喫茶店につきました。はい・・・・・言われたテーブルにいます。はい・・・・・息子の、息子の声を聞かせてください。お願いします。息子の・・・・・いえ、もう大きな声は出しません。だからお願いです。息子の声だけでも聞かせてください。・・・・・・・・・お金は持ってきました。言われた通り持ってきました。・・・・・・はい?・・・はい。頼みました。すぐ、ボーイさんが来たんで。・・・・・・はい?紅茶を・・・・いえ、レモンティを・・・・・・なぜ?なぜって・・・・・・・・なにも考えないで頼んだから、とっさに・・・他の物が思いつかなかったから・・・・・・・・・そんなことより、高志は、高志は無事なんですか?・・・・・・はい?(女、遠くの席を見る)はい、確かにいます。年配の男性が。・・・・・そうですね。ちょっとみすぼらしい感じ。あの人に鞄を渡せばいいんですか?・・・・・違う、んですか。何をしたら高志を帰してくれるんですか?返してください、こうしてお金も持ってきてるんです。高志を、返してください。
男 (女に近づきながら)どうしました?ちょっと様子がおかしな物ですから気になりまして
女、慌てて携帯電話を耳から外し男に振り向く。
女 いえ、何でもないんです。すみません、ご迷惑かけまして
男 迷惑というわけではないんですが、大丈夫ですか?
女 なにもご心配には及びませんわ。大丈夫です。ご心配なさらず。
男 本当に大丈夫ですか?かなり興奮なさってますよ。
女 ほっといてください。私に構わないで。
ボーイ、袖から出てくる。
ボーイ どうされました?
男 この女性が何か興奮されてまして。
ボーイ、女性に
ボーイ どうされました。
女 いえ、どうもしてません。この方がしつこい物ですか
ボーイ、男を見る
男 いえいえ、とんでもない。私は・・・
女 とにかく何でもないんです。皆さん、すみませんが私を放っておいてもらえませんか?
男 いえ、あなた、尋常じゃないですって。放っておけませんよ。
ボーイ この方の仰る通りですよ。まずは落ち着きましょう。
女 放っておいてって言ってるのよ。私が何かあなた方に迷惑をかけたわけじゃないでしょう。私に関わらないで。私に話しかけないで。私は一人で頑張ってきたの、戦ってきたの、一人息子を育て上げるだけが私の生き甲斐なの。誰の手助けも受けず、誰からも援助を受けないで、会社を興して、人を踏み台にして、のし上がってきたの。人を裏切って、裏切って、裏切って、のし上がってきたの。強くならなければだめだったの。本当に弱い人間だったから、どこまでも強くならなければならなかったの。あんまりにも優しすぎて人にだまされてばかりだったから、裏切られてばっかりだったから、優しくて弱い私を灰にして燃え上がらなければいけなかったの。それもこれも高志を、高志を幸せにするためなの。高志をさらったのは私がいつか裏切った人間か、踏み台にしてきた人間でしょ。それじゃ、世の中全部が犯人よ。私は世の中全てを裏切って、私と、私と高志のために生きてきたんだから。あなたも(男を指さし、続いてボーイを指さし)あなたも犯人だわ。そうなんでしょ、白状なさいよ。(男とボーイにかわるがわるすがりつき)高志を、高志をどこにさらったの、高志は無事なの、高志に会わせて、会わせて・・・・会わせて下さい・・・お願いします、会わせて下さい・・・・・(泣き崩れる)
男、ボーイ、顔を見合わす。と、また携帯電話が鳴る。3人、携帯電話を見る。しばしの無言。
男 奥さん、出た方が・・・
ボーイ 出た方がいいんじゃないんですか?
女 (無言)・・・・(携帯電話の通話ボタンを押下する)・・・・はい、木下です。
男、ボーイ、そば耳を立てる。
女 ・・・・・木下ですが・・・・・どなたですか?・・・・・高志?高志なの?生きてる、生きてるのね?高志、お母さん、あなたの声を聞けて・・・・・なにもされてない、ご飯はちゃんと食べてるの?痛い事されてない?・・・そう、大丈夫なの。強い子ね、もう大丈夫よ。お母さんがもうすぐ行くわ。あなたのために全財産を持ってきたの。お母さんの全てと引き替えにあなたを助けるわ。そしたらあなたの髪の毛を撫でさせてちょうだい、この頃いやがるけど撫でさせてちょうだい。あなたの手を握らせて、あなたの頬に触らせて、あなたを抱きしめさせてちょうだい。あなたをこれからも愛し抜くと誓わせてちょうだい。・・・・あ、高志、高志・・・・・・・(声色が変わる)あなたね・・・・・声は・・聞いたわ。どうすればいいの?・・・・・駅に行けばいいのね。わかったわ、行くわ、その代わり高志を必ず返して。すぐに鞄を取っていってちょうだい。だから、高志を・・(電話が切られたようなリアクション)
しばし無言。
女、携帯電話をゆっくりと話しポーチにしまい、ポーチを鞄に入れようとするが思い直して鞄を肩から担ぎポーチを手に持つ。
ボーイ あの、まだ、レモンティをお出ししていないのですが
女 お支払いします。おいくらですか?
ボーイ 500円になります。
女、ポーチから財布を出す。最初札入れを見るが、思いとどまり小銭入れを見る。何度か小銭をかき混ぜる。そこから10数枚の硬貨を出す。100円玉数枚、50円、10円、5円と1円もある。ボーイ、硬貨を数える。
ボーイ あの・・
女 足りませんか?いくら?
ボーイ 2円
女 2円ね(といってまた小銭入れをかき混ぜようとする)
ボーイ 多いです。
女 え?
ボーイ、2円を女に手渡す。
女 あ、りがとう・・・・・
女、手渡された2円をしっかりと財布に入れると再び鞄をしっかりと担ぎ直し喫茶店を出て行く。それを見送るボーイと男。
しばし無言
男 あんなのを見せられちゃねぇ
といって懐から刺身包丁を抜き出しテーブルに置く。
ボーイ 先回りしたんですね。(軽く笑みを作る)やれなかったなぁ〜所詮、踏み台は誰かが高く飛ぶためにあるんですかね。
といって懐から洋食ナイフを抜き出す。
暗転
LOVE Mimicry

明転。一組の男女が向かい合って座っている。男は目も虚ろ、焦点の定まらない目で、半ば項垂れたようにテーブルを見つめている。女は微妙に息が乱れ、少し上を見据え、口を開けている。女の首には大きなナイフがほぼ根元まで刺さっており、そこから大量の血が流れている。
女
・・・・わかるわ。・・・・わかる。持って数分ね。どんどん目がかすむわ。どんどん息がしづらくなってるわ。あたしはあと数分。数分であたしとはさよなら。あたしの何でもない人生からおさらばするの。少しでも、一時でも愛した男に刺されて死んでいくんだわ。・・・・・思えばほんとに何でもなかった。苦労したことも今はたいしたことではないわ。あなたには言ったわよね、あたし、早くに父親を亡くして、結局あなたに求めたのも、あたしの父親だったのかも知れないわね。だからあなたは、悩んで、わだかまって、それでも言えなくて、私を、私とあなたを何とかするために、こんな事をしたのね。
(息が乱れる)
痛いわ、痛い。何かのお仕置きみたいに痛いわ。あっ、また暗くなったわ。・・・・初めてあなたと会ったときのこと、思い出したわ。何でこんな時に、そんなこと、思い出すんだろう。・・・・あなた、本当、かっこわるかったわ。まさか、そんな人と愛し合うことになるだなんておかしな事ったらないわ。あなたには私が必要で、私もあなたが必要で、砂漠の、砂漠の揺らぎの中で愛し合ったようなものね。熱いわ、とても熱い時間。揺らめいている、あなた。揺らめいている、あなたと私。揺らめいている、あなたと私と砂。揺らめいている、あなたと私と砂を見下ろす空。
(さらに息が乱れる)
ああ、暗いわ、暗くなってきたわ。今、私、あなたに殺されているのね。後数分して私が死んだら、私、あなたに「殺された」になるのね。・・・・・それも、いいわね。私に残された瞬きのような時間は、あなたの過去になるための時間なの。そうね、私はあなたの過去になるわ。あなたの過去になって生まれ変わるの。あなたに。私があと少しして死んだらそこからあなたの新しい人生が始まるの。今までのあなたもあと少しで死ぬのよ。私が死んだらあなたも生まれ変わるのよ。二人が生まれ変わるまでの数分を楽しみましょう。匂いまでも味わいましょう。
(激しく息が乱れる)
あなたは・・・・きっと・・・・すぐ・・・・捕まるでしょう。そして何年も、何十年も捕まり続け・・・・例え・・・・またこの世界に戻ってきても・・・・あなたを愛する人はいないわ・・・・だって・・・・あなたは・・・・愛した女を・・・・殺したんだから・・・・愛した女を・・・・殺した男を・・・・愛する・・・・女なんて・・・・いるはずない・・・・あなたは・・・・・・・・今・・・・・・・・生まれ変わるの・・・・・・・・あなたは・・・・・・・・・・・・・・・・私に・・・・・・・・・・・・・・・・なって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・生きて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いくんだわ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
女、絶命する。
しばしの無音。男、おもむろに右肩を動かす。ほだされるように肘、手首が動き、ゆっくりと手を挙げる。袖からボーイが登場。女性が絶命していることに気付き、ぐっと制止する。1.2度、女性と男性を見比べどういう状況なのか懸命に考えている。すると男がまだ右手を挙げたままであることに気付き恐る恐る尋ねる。
ボーイ な・・にか?
男、しばしの無音。と、突然右手をおろす。おののくボーイ。男、ゆっくりと
男 お勘定。
暗転
LOVE Shutter

暗転〜一眼レフのシャッター音が聞こえる。よく聞くと二台のカメラのようだ。一台は「キャシャッ」、もう一台は「ガシャッ」という音。まるで会話のようにリズミカルに聞こえる。ゆっくりと明転。テーブルを挟んで一組の男女がお互いに一眼レフを向け合いながらお互いを撮りあっている。それはまるで会話。愛の琴をつま弾く恋人同士なのだ。
リズミカルなシャッター音の端境に〜
男 なぜ、答えないんだい?
女、まるで冷静の口調のようにシャッターを切る。
男 僕らは愛し合っている。そうだろう?
女、先ほどよりは早くシャッターを切る。男、女に反論するかのようにシャッターを切る。女、それに怒ったように
女 どうしてあなたはそんなに慌てて答えを求めるのかしら?これは一生の問題よ。そう、私だけじゃない、私とあなたの、言えそうじゃないわ、私とあなたと、私とあなたの家族と、私とあなたの友人と、私とあなたに関わる全ての人たちの問題なのよ。どうしてそんなに簡単に答えを出せるのよ!
男、連写でシャッターを切り続ける。女、途中から苛立ち、同じく連写でシャッターを切り続ける。二人ほぼ同時にやめる。しばしの無音。見つめ合う二人。
男、シャッターを一回切る。
女、しばしの無音。
男、もう一度、シャッターを切る。
女、顔を上げ、男を見つめる。
男、シャッターを二回切る。
女、しばしの無音の後、シャッターを一度切る。
男、女を見つめ直しシャッターを切る。
女、うなずくようにシャッターを切る。
男、シャッターを5回切る。
女、シャッターを7回切る。
男、シャッターを10回切る。
女、シャッターを切り続ける。
男、シャッターを切り続ける。
男 好きなんだ、この世の誰よりも君を・・愛しているんだ。この宇宙で誰よりも。赤より青よりも緑よりも君が好きだ。海よりも山よりも空よりも君を愛しているんだ。離せない、離さない、離すもんか。君は駒鳥の涙の雫だ。螺鈿の宝石の結晶なんだ。水鳥の羽ばたきで舞う風よりも、岩場で休む海女の汗よりも、太陽を掠め通る蒲公英の綿毛よりも美しい。
女 あなたは境目のない光の玉だわ。どこまでも届く光の玉なんだわ。私は浜辺に佇みあなたという陽の光を浴びて暮らしたいの。あなたという陽の光で肌を焼いて、小麦色になって、全身汗ばんでもなお、あなたという陽の光に燻されていたい。あなたに焼かれ、カラカラになった喉を潤す一杯の水を、あなたと一緒に飲みたいのよ。ゴクゴク、ゴクゴクって、いつまでも、いつまでも、一緒に、飲みたいのよ
暗転、シャッター音、止む、しばし無音。
男、シャッターを一回切る。
女、シャッターを一回切る。
二人、同時にシャッターを切る。